八章 会議

勝家の招集により、織田家の重臣達が尾張清洲城に集まっていた。
集まった顔ぶれは、発案者である柴田勝家の他に羽柴秀吉・丹羽長秀・池田恒興(信長の乳弟)ら
織田四家老の面々、また別室に、当事者である織田信雄・信孝・三法師、そして勝家らが“犬山様”と
呼んでいた人物が、それぞれに設けられた部屋で待機していた。
しかし“犬山様”が候補者として清洲城内にいることは、まだ当人とその支持者である勝家しか知らない。
三法師は、秀吉が清洲に来てからずっと「ジイや、ジイや」と一緒に遊びまわっていたので、
その存在は皆が知っていたが、秀吉がまさか二歳の幼児を擁立するとは思いもよらずにいた。
ただ、長秀のもとには会議に先んじて夕庵が訪れ、
「筑前殿に織田家を呑まれてはなりませぬ。権六様の示される御仁こそ、真に我らの上様となられるお方。
 道を誤りませぬようこのこと、ゆめ御忘れなさるな・・・」
と、秀吉の野心・別の候補者の存在を示唆するような事を言っていたので長秀は多少感じ取っているようであった。
そして、遂に織田家の命運をかけた清洲会議が始まった。

「この度皆に集まってもらったのは他でもない、皆既に聞き及んでおろう。明智日向守の謀反により、
 上様が討死あそばされた。また、妙覚寺にあられた信忠様も二条御所に籠もり奮戦なされたが、
 御武運拙く御所に火をかけ御自害なされた。故に上様の後継を早急に決めねばならぬ。
 一体誰を跡目とするがよいか、皆の存念を伺いたいと思う」
勝家が切り出すと、真っ先に恒興が意見を述べた。
「拙者は三七(信孝)様を推し申す。三七様は、三介様よりも御器量に優れており、また拙者らとともに
 信長様の弔い合戦にも参加しており、更に三七様は信長様より直々に四国征伐軍団長に抜擢されており、
 その資格は申し分ないものと…」
「ちぃとえぇかのう」
恒興が言い終わる前に秀吉が割り込んだ。
「何じゃ、秀吉」
恒興は露骨に不快を顔に表して横目に秀吉を見やった。
「いやな、お主の話を聞いておるとどうも上様の御世継が信雄様と信孝様しかおらんように聞こえてな」
「なに?一体他に誰がおるというのじゃ?」
少し考えて恒興はふとある事に思い当たった。
「貴様、まさか秀勝を担ぎ出す気ではあるまいな!?」
「とんでもない、秀勝には儂の跡を継いでもらわねばならぬ」
秀勝とは、羽柴於次秀勝のことで、秀勝は信長の子であったが実子のない秀吉の養子となり、
秀吉に従って中国攻略や先日の山崎の戦いにも参加している。
「ならば一体誰だと申すのじゃ」
「信長様は、武田攻略の折に既に信忠様に家督をお譲りになられていた。
 故に筋目から申せば、信忠様の御嫡子であられる三法師様こそ我らの新たな主君に相応しいと存ずる」
「馬鹿な、三法師様と申せば未だ齢三つの童ではないか。左様な童に何ができるか」
「それを盛り立てるのが我ら家老の亡き上様に対する忠義ではないのか、恒興殿。 それに考えてもみよ。
 仮に信雄様か信孝様のどちらか一方が家督を相続すれば、間違いなく織田家は割れるぞ?」
確かに腹違いで同歳の兄弟である信雄と信孝の不仲は家中でも有名であり、秀吉の言うような事態は想像するに易い。
「どうじゃ、これなら皆も異論あるまい?」
秀吉がしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべ他の宿老達に同意を求めた。
しかし、それを良しとしない者があった。無論、勝家である。
「あいや、待たれよ。確かにお主の申すこと、一々もっともではある。
 が、三法師様以上に筋目に適い、また器量も信孝様の比ではない御方がある」
「何じゃと!?三法師様よりも…」
「左様、犬山様…いや織田信正様である」
その瞬間、勝家を除くその場の全員に例外なく驚愕の表情が浮かんだ。