第7章 黄金の甲冑

その人の生涯はまさしく波乱万丈と呼ぶに相応しいものだった。
尾張の小大名の跡継ぎとして生まれ、大ウツケと呼ばれた青年の頃。
正室、濃姫こと帰蝶の父、つまり信長の舅で油売りから下克上で立身し、
美濃の蝮(まむし)と呼ばれていた斎藤道三と正徳寺で会見し、
その才を見抜いた道三を感嘆させ当時、海道一の弓取りとうたわれ、
天下に一番近かった三・遠・駿の太守、今川義元を田楽狭間で討ち取り、
天下に名乗りを上げ、将軍を擁立し上洛したかと思えばその将軍を追放し、
当時最強とうたわれた上杉軍と槍を交え、武田軍を鉄砲で打ち破り天目山で滅ぼし
もはや天下に敵は北条・毛利を残すのみとなりその仕置きのため中国遠征を試た矢先!
その人は今、ここで志し半ばで散った。

「織田信長、討ち取ったり!!」
徳川の徒武者が叫んだ。そこで喧騒が止んだ。
織田の将士は己の得物を取り落とし、その場に立ち尽くした。
崩れ泣く者も少なくなかった。
明智、徳川の兵ですらもその死を慈しむかの如くあるものは黙想し、
またあるものは合掌し念仏を唱えた。
信長の馬廻達は鬼神の形相で徳川軍に突進していく。
その様はまるで第六天魔王と呼ばれた主君、信長が乗り移ったかのようでもあった・・・。
太刀、短槍が当たるを幸いに血塵を撒き散らし嵐の如く敵中で駆け巡る。
しかし多勢に無勢、得物が欠け、折れ、息が上がったところを
一人、また一人と討ち取られていく。何故、天は主を見限ったのか!?
もはや死兵と化し、取り憑かれたかのように暴れ狂う彼らの脳裏には、
もうその言葉しか浮かばなかった・・・。

しかしその時はまだ誰もが知らなかったH。
信長の遺体がその遺品である黄金の甲冑とともに消えている事、
そしてそれが新たな波乱の幕開けになるということも・・・。

第一部 完


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