信雄は、しばし席を離れ自室に籠もり黙想していた。
(日向守【光秀】は確かに殺すには惜しいそれどころか、臣下に欲しいほどの逸材である・・・。
しかし、父を討った者を助ければ、それは己の非となるであろう。どうする・・ここであやつが討たれては
天下は兄上か筑前【秀吉】のものになる、されば自分が起ったとして勝算はあるか・・権六【柴田勝家】は
筑前とは馬が合わない。こちらに引き込むのは可能だろう。そうなると・・寄騎である、内蔵之助【佐々成正】
や又左【前田利家】は掌中と考えてよかろう。左近【滝川一益】と与兵衛【川尻秀隆】は今日にでも戻ろう。
これで人材は充分だ。領土は徳川領も入れれば本国伊勢・志摩・筒井(順慶)の大和・変の後に寝返った
異能や雑賀の伊賀・紀伊・日向守の丹波・山城・南江・権六旗下の越前・加賀・能登・越中の半国に家康公
の三河・遠江・駿河・・・十五国・・勝る!)
勝算を見出した信雄の目が大きく開いた。自らの配下のみではなく、光秀や家康と親交のある四国土佐の
長宗我部や、小田原の北条は味方に出来ると確信した。その二大大名を味方につければ、恐らくは当面の
相手となる、信忠系織田家以外では最大の敵となるであろう中国の毛利や、柴田軍と対峙を続ける越後の
龍、上杉に当てることが出来る。そこに自分の武略・軍略・知略を合わせれば勝ち目はあると考えた。
考えをまとめた信雄は再び楽毅に会い、密書にしたためて手渡した。無言で頭を下げ、
書を受け取る楽毅に信雄はこう告げた。
「徳川殿のお考え、よう判った。今の織田家から独立し、新たな織田家を設立し、この信雄こそが
天下人に相応しいという事を天下万民に知らしめるのじゃ!日向守への援軍の件も承知した。
左近に、そうじゃな・・岡田重孝を付けて差し向けよう。差し詰めぶつかるのは摂津・・・」
ここまで話して信雄は自分の左右の脇にいた近習に、
「雄利に有力な大名と日向守に繋ぎを取らせろ」
「お前は一益が帰り次第ここに呼べ」
と言った。それからすぐ部屋の外から声がした。
「それには及び申しませぬぞ、三介様」
そう言って入ってきたのは変報の直後に信雄が帰還を命じていた滝川一益と河尻秀隆だった。
信長の死によって中央の大勢は大きく変わっていくのだった・・・。