官兵衛は不敵にかつ堂々と言った。
「これは異なことを申されます。毛利の両川と評される元春殿のお言葉とはとても思えませんな」
この言葉を聞いて元春以外の三人、つまり輝元・隆景・恵瓊は官兵衛の次の言葉を予測できた。
そしてそれは現実となる。
「元春殿は、はや御父元就公のご遺言をお忘れになったと見えますな」
元春は内心(しまった!)と思い心の中で自らをなじった。
毛利家中には絶対の家訓が存在した。それは毛利家の祖と言うべき輝元の祖父であり元春・隆景の父,
毛利元就の残した遺言で、
【自分の死後は御家の安泰のみをはかり、つとめて天下のことに関わるな】
というものだった。その家訓を官兵衛は切札として、講和の引き合いに出したのだった。
この家訓を出されては毛利一門は勿論の事、臣下隅々まで反論の余地はない。
しかしこれが引き合いに出されたと言う事は毛利家の安泰を約束するという意味もあり、
輝元にしてみればまんざら悪い気もしなかった。
そして輝元は考え、決断した。
「うむ。和議を望まれる羽柴殿の御心中、この輝元確かにお察し申した。当家は羽柴殿と・・否、
 織田家と和睦する事といたそう。我が軍勢が必要とあらばいつでも一声おかけくだされ。 
 できるかぎりご助力いたしましょうぞ」
輝元は織田家と和睦し、さらに軍事的に同盟を結ぶ意思を表明した。そして最後に一つ付け加えた。
「羽柴殿はこれより逆賊を御討ちに行かれる事でありましょうや。
 さすれば同盟の証として我が毛利家よりも軍勢をお貸しいたそう」
「誠に御座りまするか!」
小六が歓喜の表情を浮かべた。
「うむ。小早川の叔父上に二〇〇〇の兵を付けてお貸しいたす」
輝元がそう言ったとき、一人の武将が陣中に入ってきた。
「その儀、しばしお待ちくだされ」
その武将は和議の知らせがさっそく高松城中に届けられ、救出された城代、清水宗治だった。
その姿は籠城前とは比物にならず痩せ細ってはいたが、その鋭い眼光は寸分の衰えも見せていなかった。
「おう!宗治、無事か!して、どういうことじゃ?」
輝元は忠臣の生還を喜んだ。
「はっ、本来ならこの宗治の腹と引き換えに和がなるところを羽柴殿の御配慮により助けられたこの命、
 羽柴殿のお役に立てとうございます。ゆえに援軍に某も加えてはもらえぬでありましょうか?」
「うむ。武士の面目にかける宗治の気持ち、ようわかった。よかろう。宗治にも兵一千を付けて
 叔父上とともに向かうよう命ずる」
「ははぁっ、有難きお言葉。この宗治、御屋形様のご期待に副えるよう粉骨砕身の覚悟で、
 忠勤励ませていただきます!」
官兵衛はただ頭を下げていた。こうして羽柴・毛利間の講和は丸く治まったかに思えた。
しかしただ一人元春の心中は黒く、黒く、黒く渦巻いていた。
(このような和議、納得いかぬ!・・・まぁよいわ、どうせかりそめの和睦じゃ
 いずれ機を見て羽柴の・・否、織田の寝首を掻いてくれよう・・・)
しかし、そのことには誰も気付くことなく会談は終了したのだった・・・。

目次
十四章 毛利決断