秀吉の命を受けた黒田官兵衛と蜂須賀小六は対陣中の毛利軍の本陣を訪れていた。
毛利方の席には当主の毛利輝元、毛利の両川の吉川元春・小早川隆景、そして陣僧を務める怪僧の
安国寺恵瓊の四人が座していた。
「羽柴陣中のお二方がいったい何の用で御座いましょうや?」
主戦論者、元春が聞いた。官兵衛は率直に答えた。
「筑前守(秀吉)は貴家との和睦を望んでおります」
元春は驚いた表情で言った。
「はて、これは異なことを申される。信長公が講和を許されるとは考えられぬが」
「隠し立てなく正直に申しましょう。去る六月二日、大殿は京・本能寺にて、明智日向守・徳川三河守の
 謀叛により御討ち死に遊ばされた・・・」
これには輝元や元春だけでなく寡黙な勇将、隆景も驚愕の表情を見せた。
しかし恵瓊のみは平素そのものといった表情で聞いていた。
この怪僧にとってはその程度の事は充分予想するにたることだった。
しばし沈黙の後、元春が言い放った。
「なるほど、故に和議を結び中原に取って返し弔い合戦といくつもりか・・・。
 しかし左様な考えがまかり通る世にあらずということは貴公らも重々承知しておろう。
 我らにしてみれば信長公が身罷(みまか)った今こそ好機。一気に織田軍を蹴散らし
 毛利が天下に覇を唱えてくれようぞ!」
元春の鬼気迫る気迫に小六は少々気圧されていたが官兵衛は少しも動じることはなかった。
と言うより官兵衛はこの言葉を待っていたのである。元春のこの言葉により官兵衛の、
切札とでも呼ぶべき対毛利の秘策が発動する。
毛利家はもはや官兵衛の術中にはまりつつあった・・・。

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十三章 織毛和睦