三介信雄の動きをまだ知らない羽柴秀吉は、織田家の先行きについて考えていた。
「上様亡き今、織田家を立ち行かすには我ら家臣一同が
 一つになって盛り立てていかねばならぬ。されば誰を跡目とするか・・・。
 三七郎殿では役不足、三介殿は話にならぬとすればやはり信忠様の
 生還を祈るしかあるまいな。うむ、まずは権六(柴田勝家)殿に使いをやろう。」
そう決めたとき、ちょうど蜂須賀小六正勝と羽柴小一郎秀長が本陣に入ってきた。
秀吉は
「小一郎、ちと北ノ庄まで使いを頼むぞ。跡目について伺いを立てるのじゃ。
 それと小六は官兵衛とともに毛利の陣へ使者をせい。和議を結ぶのじゃ。
 清水宗治は助命いたすゆえ開城させよと伝えろ」
と言い残し馬廻の福島市松と加藤虎之助の二人のみを連れ、自ら馬を駆りどこかへ走り去っていった。
秀吉の考えでは、京から落ち延びた信忠は必ず自分のもとへ頼ってくるはずであり
少しでも早く合流するために昼夜を問わず走り続けるだろう。しかし体力には限界がある。
そこを落ち武者狩りにでも狙われたらたまったものではない。
信忠の安全を確保するにはこちらから出向くのが一番いいと決断したのであった。
四刻(八時間)ほど走ったところで森に入ると秀吉は、何者かの気配を感じて馬を止めた。
「何奴じゃ、姿を現せ!我は羽柴筑前なり!」
そう叫ぶと木陰から一人の男が姿を見せた。それは秀吉のよく見知った男だった。
「おお、筑前殿!地獄に仏、助かり申した」
「村井殿ではありませぬか!?信忠様は御無事でありましょうか?」
そこに潜んでいたのは信忠とともにあったはずの村井長門守貞勝であった。
貞勝はいたって落ち着いた様子で答えた。
「大事はござらぬ。近くの空家にて休まれております。筑前殿なれば必ずや
 見つけてくれようと申しておりましたゆえ、この場にてお待ちしており申した」
「有難きお言葉。この筑前、必ずや逆賊を討ち滅ぼし、織田家に天下を取らせて見せましょうぞ!」
その言葉を聞き、貞勝は走り去り四半刻(三十分)もしないうちに、信忠をつれて戻ってきた。
その信忠は怒りに燃えていた。
「おのれ・・憎きは明智光秀!徳川家康!あやつらの首を見ぬうちはこの信忠、死んでも死にきれぬわ!」
信忠の元気な姿を見た秀吉は感泣に咽び泣いた。
「信忠様、ご無事で何よりです。信忠様さえご健在であれば何も恐れるものは御座いませぬ。
 筑前がある限り、逆賊どもにこれ以上好き勝手はさせませぬ」
その言葉に信忠は少し興奮して言った。
「なれば、直ちに討伐軍を挙げるじゃ!天下の逆賊を討つ義軍じゃ!父上の弔い合戦じゃ!」
信忠はここぞとばかりに秀吉に挙兵を求めた。しかし秀吉はその願を退けた。
「信忠様、それはなりませぬ。それがしも挙兵できぬは歯痒う御座いますが、
 どうかもう数日お待ちくださいますよう御願申し上げます。明後日には官兵衛と小六が毛利との和睦を
 成立させて戻るはず。それまでの御辛抱に御座います。和睦が成立ししだい軍を起こせるよう、
 軍備は行い申しますゆえ今しばらく御待ちを・・・」
少し冷静さを取り戻した信忠は、やむなく了承しそのまま秀吉とともに、羽柴軍の本陣へ向かうのだった。
目次へ
十二章 主従合流